。ここへまいりますと。急に気がアクチブになりますよ。あの西洋じゃア踏舞をしない人を。ウォールフラワア(かべの花)と申していやしめますとサ。あなたもそのおなかまですか。オヤオヤ宮崎さんが久しぶりできていらっしゃりますヨ。あの方は御器量もよし。なんでもお出来になりますッてね。御きりょうのよいも人柄を直《ね》うちするもので御りっぱにみえますネ。あの方のパアトナアはどなたでしょう。大そうせいの低い。オヤいやなかっこうの洋服ですこと。日本人はせいがひくくってみすぼらしい上に。さぎが鰌《どじょう》をふむようなふうをして。あれですからきつけないと困ります。私くしはふだん洋服でおりますが。母がいつでも下にあるものを裾《すそ》でもって行くと申しますから。西洋では下へものはおきません。おくほうがわるいといつもけんかをいたしますワ。
乙「あなたは御格好がよろしゅうござりますから。よろしゅうござりますよ。あの宮崎さんのお妹《いもと》さんは。まことに西洋人のようでござりますヨ。私くしの学校中でも御きりょうが一番よいという評判でござります。
篠「オヤ。でもあの方のシスタアは。目が大きいからこわいというではござりませんか。ものもよく出来ますか。
乙「エエ今年お十四におなりあそばしたのですが。お年ににあわずなんでもよくお出来になります。
篠「あのあなたは御平生《ごふだん》もお洋服ですか。
乙「いいえ。ぜんたいふだんにきませんでは。軽便なこともわかりませんに。よそへ行く時にばかりだれもきますようになっておりますから。ただ華奢《かしゃ》にばかりながれて。田中屋の白木屋のと服の競争をするようなもので。わたくしもどうかきるならば。平生にきたいと存じますけれど。塾《じゅく》も日本造りでござりますから。思うように参りません」と咄《はな》しをしているうち。一曲の踏舞は終り。斎藤は宮崎とともにいできたり。
斎「じゃア浜子さん願いましょう」とかのいぼじり巻きの貴嬢を連れて行く。
宮「オヤ。ミス服部《はっとり》しばらくでした。
服「宮崎さんどう遊ばしました。
宮「少し不快で。毎度妹がお世話になります。あなたが朝夕おせわくださるので。このごろでは日曜も帰りたくないと申しています。
服「なに少しも行き届きません」と咄《はなし》の内はやまた曲のはじまりたれば。
宮「では久しぶりに願いましょうか。
服「どうか」とこれより立食などさまざまありて。午前一時ごろ馬車の先追う声いさましく。おのおの家路におもむきぬ。これはこれ鹿鳴館《ろくめいかん》の新年宴会の夜なりけり。
第二回
今川小路二丁目の横町を曲って三軒目の格子造り。表の大地は箒木目《ははきめ》立ちて塵《ちり》もなく。格子戸はきれいにふききよめて。おのずから光沢をおびたり。残ったる番手桶《ばんておけ》の水を撒《ま》きたるとおぼしき。沓《くつ》ぬぎのみかげ石の上に。二足ばかりしだらなくぬぎすてたるこま下駄《げた》も。小町という好み。二階には出窓ありて。竹格子にぬれ手ぬぐいのかかりあるは。下宿屋にもあらず。さりとて学校の外塾には無論なし。察するにこの二階は。主《あるじ》の死去したるかまたは旅行中にてあきたるがゆえ。日ごろ懇意なる人に。どろぼうの用心かたがた貸したるとおぼしけれど。これも少し無理こじつけの鑑定なるべし。この二階の食客《いそうろう》は。年ごろ二十七八にして。目鼻クッキリと少しけんはあれども。かかる顔だちをイキとやらたたえて。よろこべるむきの人もありとぞ。チョイと二ツにたたんだる嘉平《かへい》の袴《はかま》。紫のふろしきにつつんだる弁当箱など。まず出来星の官員ならんか。湯がえりとおぼしく。目のふちをほんのりあかくして。窓の上へ鏡をのせ。しきりに頭をかきつけていると。あだなる声にて。
女「アーあたしがそう申すよ」と二階をどんどんあがってきて。チョイと顔を出し。
女「オヤきれいにおつくりが出来ましたネ。たばこの火を持ってきました」と十のうを片手にもって。火鉢《ひばち》の傍へチョイと立てひざをしてすわる。年ごろは三十ばかり色浅黒くして鼻高く。黒ちりの羽織も少し右の袖口《そでくち》のきれかかりたるに。鹿《しか》がすりの着物えり善好みの京がのこも。幾度かいけあらいをしたという半襟《はんえり》をかけて。小前がみのあとのすこしはげたるを。松民《しょうみん》の蒔絵《まきえ》をした朱入りの櫛《くし》で。毛をよせてぐっと丸わげの下へさし込んでいる。ハテあやしやナアというけだもの。火を火鉢へとりながら。一心に巻きたばこの死がいを片づけている。年に似合わず口のきき方はあどけなきかたなり。
女「ネー山中さん。モーいいかげんにしてこっちをおむきなさいヨ。あのネさっき……あの今におたのしみ。
山中「ナゼ。
女「なぜッて大へんにいいことがあるので
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