おなじようにはなじろみて言葉なし。さるぞとはしらぬ葦男はまめまめしく。サアこちらへ。とすすむれば。宮崎は腰をかけ。
宮「篠原君おかけなさいな……。お秀さん。あのあっちの紅葉の下に落ちていましたが。この歌はもしあなたのお詠《えい》ではござりませんか。
秀「オヤマアどうして」と少しはじらう風情あり。
宮「実に今までこのくらいに和歌のお出来なさることはしらなかったが。あなたなどは実に教育も充分あるし。家庭のおしえは自分みずからおさめておいでなさるから。こうしておいでなさるは実に何ですけれど。人にも知られんで散らしてしまうようなことはない。千里の馬も伯楽《はくらく》がどうとやらといいます。ネエ篠原君。
篠「実にそうサ。なんでもひそんでいる方がおくゆかしい。
宮「ソリャそうだが。あまり自分で自分を。いやしいもんだ何も出来ないもんだ。と卑下し過ぎてもいけないが。いく分か自分の気を高尚にもっていて。そうして自負せず。生意気にならないようにするのが学問の力サ。ネエーお秀さん。
秀「誠にさようでござりましょうネエ。私も学問を致して道理とやらがしりとうござりますけれど。
宮「イヤどうも欲の深いお秀さんだワ……。
秀「オヤお咄しを伺がっておりましたうちに。いつか日がくれかかりました。私どもはお先へご免をいただきます。葦男さん参りましょう。
宮「そうですか。なるほどあまり遅くなるは。若い人にはよくありますまい。さようならちとお遊びにおいでなさい。そしてこの篠原様へもちっとあがって。西洋風俗や学問のお高論《はなし》をお伺いなさい。こんどおつれ申しましょう。
秀「どうか願いとうござります。誠に失礼を致しました。さようなら。
篠「さようなら」ともろともにおしき袂《たもと》を分ちけり。アアこの佳人才子の出会こそ。月老氷人《むすぶのかみ》のなかだちで。好《こう》えんを結ばせ給うならめと。ただもろともにいとおしと。思う心を色にも出さず。心にしめて別れ行く。なかなかに傍《はた》の見る目もゆかしかるべし。
宮「どうですお気に入ったようですネ。君のお説にかなっている婦人でしょう。僕は他にあのくらいな感心なのはあるまいと信ずるヨ。
篠「エ。そうさネエ。
宮「そう冷淡なのがお気に入った証拠だ。どうです伯楽になっては。
篠「どうして向うの気位が高いから。
「ナアニ願ったりかなったりです」と出しぬけにいわれてふりか
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