ば》も。まことの色をみる人のなみ。
 へんに慷慨《こうがい》な歌だネエ。どんな人がかいたのかしらんが。歌はイイネ。実に高尚《こうしょう》ないいものだ。
男「おばアさん。こりゃアどんな人がかいたのかしるまいネエ。多い中だから。
婆「どれでござります。アアそれは大方今十五ばかりのお坊さんと。一しょに休んでおいでなすった。お嬢さんのでございましょう。
篠「エ女……。なるほど女の手のようだ。これやア貫之風《つらゆきふう》だ。しかし歌というものは実に美術の一つで。なくっちゃアならないものサ。このごろの西洋家は玩弄物《がんろうぶつ》のようにいう人もあるそうだが。実にそういうものじゃアない。そうして歌をよみつけると。簡短に意味の深い文章がかけてくるし。幾分か気が高尚になる。一体女学校なんザア。和歌の一科をいれてもいいのサ」ト咄しながら向うのきしにさしかかれば。こなたにやすめる松島葦男。目早くみとめて。
葦「ねえさんねえさん宮崎さんが。
秀「オヤオヤ。どうも誠にその後はお目にかかりませんで。
宮「ヤアこりゃアいいところでお目にかかって。お二人ぎりかネ。
葦「あの姉があまり内にばかりいますから。すすめて同道いたしました。
宮「ソリャアいいご保養だ。篠原君僕のよくお咄し申した。松島の秀子さんです。お秀さんこの方は久しく洋行をなすって。こんだ技芸士の栄号を得て帰朝なすった。僕の親友で篠原さんとおっしゃるお方です。ちょっとお近づきに」秀子は近くへ進みより。おみしりおかれても口の内。ようようその人をみあぐれば。まゆ秀で鼻高く。口もと尋常にして愛きょうあり。留学をさえしたりとなれば。その学問のほどおしはかられて。いよいよ気高くみゆ。仇心《あだごころ》なき身ながらも。その様子の高尚なると。学術のほどのしたわれて。われしらず鼻じろむなるべし。勤もかねて聞き伝え。こうもやなど思いつる予想《おもい》のほかのおとなしさ。雪のように白き顔少しはじらいて。ほおのあたり淡紅《うすくれない》をおびたる。髪は束髪にたばねて。つまはずれの尋常なる衣服《こそで》は。すこしじみ過ぎし七ツ下りの縞縮緬《しまちりめん》。紫|繻子《じゅす》とゆうぜんいりのかんこ縮緬の腹合せの帯をしめ。けんちゅうのくろき羽織をきたるみなりゆかし。勤は日ごろ欝々《うつうつ》としてたのしまざりしも。この活ける花をみては。紅葉の色もけたるるばかり。
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