りて聞かんとすれば。主の足音をしりてかけ来たる大いなる猟犬の。媚《こび》をささげて足元にまつわるを眼もて制し。小腰をかがめてそが頭《かしら》をかいなでつつ聞けば。
車夫「エエオイ。こねえだはの。おいらアほんとにむねくそがわるくっての。
馬丁「どうしたのだ。
車夫「どうしたってこうしたって。お前《めえ》のめえだがの。おめえのとこのおはねさんがの。例の後家の内へきやアがって。今きている山中というやツをさそい出して。向島《むこうじま》までおしのびという寸法で。一しょに出かけたと思いねえ。初手《しょて》はおいらア正直だからきていに思うた。後家とおつだという噂《うわさ》があるのに。敵手《あいかた》がちがっているのはへんだなと思っているとの。花時分たアちがって人通りもすくねえだろう。スルト野郎め。おはねさんの車へ相乗りと出かけて。テケレッパだろうじゃアねえか。しかたがねえ泣く子と地頭だ。馬鹿なつらアしておいらアからッ車を曳いて跡から行くと。奥の植半《うえはん》へいってお昼飯《まんま》ヨ。あんまりいめえましいから。せめて円助もせしめてやろうとおもったら。如才《じょせえ》なく先へ廻って半助よ。フーン人をつけ。半助ぐらいでおたまりこぼしがあるものかだ。おめえの前《めえ》だがおらアむねきでならなかった。
馬丁「どうりでこねえだは珍らしく日本服で出かけるとおもったぜ。
車夫「親指はしらねえのか。
馬丁「ナアニしれッこなしよ。どいつもこいつも。金ぐつわをはめられて。ねえしょねえしょサ」とひそめきながら乗りが来て。思わず声高にはなすを。勤は立ち聞きて。さい前よりまゆのあたりに幾たびもいなびかりをさせて聞きいたりしが。たちまちせわしく立たんとして。またおもいかえす由ありてか。なおも伺いいたりけり。
馬丁「だがの考えて見りゃア珍らしくもねえやつよ。おれっちが行くとこはみんな位《くれい》のいいうちだが。大げえはなんかしらなんくせつきだ。
車夫「一体それが西洋がっているやつにおおいじゃアねえか。
馬丁「ナアニそれりゃアまだ世がひらけねえからだとよ。何てッだって。今晩はとシチンの帯かなんかぶらさげた腰ッぺたを。いつの間にかチャボのけつのようにおっ立てやがって。すましている時節だろうじゃアねえか。この間|舌長《したなが》さんがうめいことをいッたぜ。今の時代は道楽時代という時代だとヨ。女といちゃつきたい時
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