スタスは言って、これから仮睡《うたたね》でも始めようかとでもいったように、帽子の庇《ひさし》を目の上までぐっと下した。『あれ位なのは、いや、やろうと思えばもっと面白いのを、一ダースくらいは出来るよ。』
『ねえ、プリムロウズとペリウィンクル、にいさんのおっしゃったこと聞いて?』と叫んで、カウスリップはよろこんで踊り出した。『ユースタスにいさんは、ゴーゴンの首の話より、もっと面白いのを一ダースもして下さるんですって。』
『一つだってするとは言ってやしないよ、この小さなカウスリップのお馬鹿さん!』とユースタスは半分怒ったように言った。『しかし、どうもさせられそうだね。これもあんまり評判を取ったおかげだ! 僕はもっとずっとのろま[#「のろま」に傍点]に生れるか、それとも、天から授った立派な才能を少し隠すかしとけばよかったなあ。そうすれば、静かに、気楽に仮睡《うたたね》も出来たんだが。』
 しかし、従兄ユースタスは、私が前にもちょっとそんなことを言っておいたと思うが、子供達が話を聞くのが好きなのと同じように、彼はまた話をして聞かせることが好きなのであった。彼の心は自由な、愉快な状態にあって、それ自身の活動に喜びを感じ、それを働かすのにほとんど外部からの刺戟を必要としなかった。
 こうした頭の自発的活動というものは、中年者の、訓練の結果から来た勤勉などとは、まるっきり違ったものだ。というのは、中年時代になると、長い習慣によって、つとめは楽《らく》になり、一日でも仕事を休むと気持が悪いというくらいになる代りに、そのほかのことはぬけがらみたいになってしまうからである。しかし、こんなことはあまり子供達には聞かせない方がいいかも知れないが。
 ユースタス・ブライトは、子供がそれ以上せがむまでもなく、次のような実にすばらしい話を始めた。その話は、彼が寝ながら、深々《ふかぶか》と繁った木を仰ぎ見て、秋のおとずれが青葉を悉《ことごと》く純金のように変えてしまった有様をつくづくと目にとめた結果、頭に浮かんだものだった。そしてわれわれのすべてが、始終見ているこの変化は、ユースタスが今から始めるマイダス王物語の中で話したどんなことにも劣らず不思議なことなのだ。
[#改ページ]

    何でも金になる話

 昔々一人のたいへんなお金持がありました。その方《かた》はおまけに王様で、名はマイダスといいました。この王様には、一人の小さな王女がありましたが、その王女のことは僕のほかに知っている者はなく、その僕でさえ、王女の名はつい聞きもらしたか、或は聞いたにしても、すっかり忘れてしまいました。だから、小さな女の子には妙な名前をつけることの好きな僕は、その王女を仮にメアリゴウルドと呼んでおくことにしましょう。
 このマイダスという王様は、世の中の他の何よりも金《きん》が好きでした。彼が自分の王冠を大切に思うのも、主《おも》にそれが金で出来ているからでした。もしも彼が何か金以上に、或はほとんど金と同じ位に、愛していたものがあるとすれば、それは彼の足置台のまわりで楽しく遊ぶただ一人の姫でした。しかし彼は姫を可愛く思えば思うほど、一層お金《かね》が欲しくなるのでした。彼はおろかにも、彼がこの可愛い姫のためにしてやれる一番いいことは、この世が始まって以来、まだ積まれたこともないような、山吹色の、光り輝く金貨の大きな山を、彼女に遺《のこ》してやることだと考えました。そんなわけで、彼は彼の頭と時間との全部を、この一つの目的のために費しました。彼はふと日没の金色の雲に目をとめて、しばらくそれに見入ることでもあれば、それが本当の金であって、彼の金庫の中へ大切にしまっておくことが出来たらどんなにいいだろうと考えるのでした。また、メアリゴウルドが、きんぽうげやたんぽぽの花束を持って、彼の方へ駆け寄って来る時には、彼はいつも、『へん、つまらない、姫や! もしもその花束が見かけ通り本当の金だったら、摘む値打があるんだがね!』と言うのでした。
 そのくせ、もっと若い時分、まだ彼がそんなにお金《かね》ほしさの気違いになり切らないうちは、マイダス王も大変草花に趣味を持っていたのでした。彼は花園を造って、そこには誰も今までに見たことも嗅いだこともないような、大きな、美しい、匂いのいい薔薇が植えてありました。その薔薇は、マイダスがいつもそれを眺めたり、匂いを嗅いだりしながら何時間も過ごした時と同様に、大きく、美しく、匂いもそのままに、今もその花園に咲いていました。しかし今では、彼が仮にそれをちょっとでも見るとすれば、もしもその数え切れない程の花びらの一つ一つが薄い金の板で出来ているとして、この花園がどれ位の値打になるだろうと勘定して見るために過ぎませんでした。それからまた、(彼の耳は驢馬のようだったな
前へ 次へ
全77ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三宅 幾三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング