んて、つまらない噂を立てる人もありますが)、一時彼は音楽を好いたこともあったのですが、今では、気の毒なマイダスにとっての唯一の音楽は、金貨同志がかち合ってちんちんと鳴る音でした。
 とうとう(一体人間はだんだん利口になるように心がけないと、必ずだんだん馬鹿になるにきまったものだから)、マイダスは金でないものは、どんなものでも、ほとんど見ることも手にすることもいやだというような、てんで物の分らない人間になってしまいました。その結果、彼は毎日の大部分を、彼の王宮の土台の下の、暗い、淋しい地下室で送るような癖がつきました。彼はそこに金をしまっていたのです。彼は特に幸福になりたい時はいつでも、この陰気な穴の中――というのは、そこは土牢も同然だったから――へはいって行きました。彼はそこで、念入りに扉に錠を下してから、金貨のはいった袋や、洗盤ほどもある金のコップや、重い金の延棒《のべぼう》や、十リットルもある金粉を取り出し、それを部屋の薄暗い隅っこから持ち出して来て、土牢のような窓から射《さ》し込む一筋の、明るい、細い日光に当てて見るのでした。彼が日光を有難く思ったのは、その助けがなくては彼の宝も光らないからだけのことでした。それから彼は、袋の中の金貨をすっかり数えて見たり、延棒を抛り上げて、落ちて来るところを受けて見たり、指の間から金粉をさらさらと落して見たり、それから、コップのつるつるした胴廻りにうつる自分の顔のおかしな映像《かげ》を眺めたりしては、『おう、マイダス、お金持の王様マイダスよ、御身《おんみ》は何という仕合せ者だろう!』と独りでささやいて見るのでした。しかし、彼の顔のかげが、コップのつるつるした表面から、彼に向って歯をむき出して笑ってる様子は、見るも滑稽なものでした。それは彼のおろかな行《おこな》いをちゃんと知っていて、彼を馬鹿にし度《た》がっているようにも見えました。
 マイダスは自分を仕合せな人と呼んでは見たものの、まだ自分の望んでいるほど幸福になり切っていないという気がしました。全世界が彼の宝の庫となって、それに全部自分のものである黄金が一杯にでもならなければ、すっかり満足し切るところまでは行かなかったのでしょう。
 さて、君達のような利口な子供には、こんなことを言う必要はないかと思うが、マイダス王が生きていた古い古い昔には、今日《こんにち》この国で起ったならば、われわれも不思議だと思うようなことが、いろいろ沢山ありました。その代りにまた、今日《こんにち》のいろいろの出来事のうちには、われわれにとって不思議な気がするばかりでなく、昔の人が見たら目をまるくしてしまうような事も沢山あるでしょう。全体からいうと、昔と今とでは、今の方が僕は不思議な時代だと思う。しかし、それはどうでもいいとして、僕は話を進めなければならない。
 マイダス王が或る日例によって、宝の庫にはいって楽しんでいる時、山と積んだ金の上に影がさすのに気がつきました。ふと顔を上げると、これはまたどうしたことか、一人の見たことのない人の姿が、明るい、細い日光の中に立っているのです! それは快活そうな、血色のいい顔をした青年でした。あたりの物すべてが金色を帯びて見えるのは、マイダス王の気のせいか、それとも何かまた原因があるかは知らないが、彼はその見知らぬ人が彼に向ける微笑の中に、一種の金色の光が含まれているような気がしてなりませんでした。たしかに、見知らぬ人の姿が日の光をさえぎっているにも拘らず、積み重ねられたすべての宝が、今では、前よりも一層光り輝いているのです。一番隅っこの方までが、その人がにっこりと笑うと、まるで焔《ほのお》や火花に照らされたように、ぱっと明るくなるのでした。
 マイダスは錠前の鍵をちゃんと下しておいたこと、それから人間の力ではとてもこの宝の庫に侵入することが出来ないことを知っていましたので、勿論、この人は人間以上の何者かに違いないと判断しました。その人は誰だったかということは、別にここで言わなくてもいいでしょう。まだ地球が比較的新しい物だったその頃には、男や女や子供達の喜びや悲しみに、半分は冗談に、半分は真面目に、興味を持った、超自然な力を具《そな》えた、神様みたいな人が、よくやって来たらしいのです。マイダスは前にもそんな人に出会ったことがあるので、またやって来られて困ったとは思いませんでした。実際、その見知らぬ人の様子は、慈悲深いとは云えないまでも、たいへん愛想がよく、やさしそうなので、何か悪いたくらみがあって来たのではないかと疑ったりすることは間違っているような気がしました。それよりもずっと、マイダスに好意を持って来てくれたらしい気がしました。とすれば、彼の宝の山をもっと大きくしてやろうという以外に、好意はない筈じゃないかしら?
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