彼の頭の横っちょにも翼が生えているような気がするのでした。尤もパーシウスがまともに振向いて見ると、何もそんなものは目につかないで、ただおかしな帽子をかぶっているだけでしたが。しかしいずれにしても、あの曲りくねった杖が、クイックシルヴァにとって、たいへん大切なものであることは明らかで、そのために彼がこんなに速く歩けるので、たいそう元気な青年であるパーシウスも、だんだん息が切れて来ました。
『さあ!』とクイックシルヴァはとうとう叫びました――というのは、彼も相当人を喰ったもので、パーシウスが彼と歩調を合せて行くのにどんなに難儀しているかということは、ようく知っていたからです――『この杖を持ち給え。わたしよりもずっと君の方が、それが必要だからね。セライファス島には、君よりも足の速い人はいないのかね?』
『僕だって翼の生えた靴さえあれば、相当速く歩けるんですがね、』と、パーシウスはちらっとずるそうに、彼の道連れの足の方に目をやりながら言いました。
『君にも一足《いっそく》心がけておかなくちゃ、』とクイックシルヴァは答えました。
 しかし、さっき貸してもらった杖が、すばらしく彼の歩く助けになったので、パーシウスはもう少しも疲れを覚えなくなりました。実際、その杖は彼の手の中で生きていて、その生命のいくらかを彼に貸してくれるような気がしました。彼とクイックシルヴァとは、今では、仲よくお話をしながら、楽《らく》に旅をつづけました。そしてクイックシルヴァが、彼の今までの冒険談や、いろんな場合に彼の機転がどんなに役に立ったかというような話を、いろいろ沢山してくれたので、パーシウスは彼を実にすばらしい人だと思うようになりました。彼は如何にもよく世間のことを知っていました。そして青年にとっては、そうしたことをよく知っている友達ほどいいものはありません。パーシウスは、だから、いろいろと話を聞いて自分の機転に磨きをかけたいと思って、一層熱心に耳を傾けました。
 そのうちに、ふと彼は、彼等がこれから目指して行く冒険に力を貸してくれる筈になっている姉さんのことを、クイックシルヴァが話していたのを思い出しました。
『その方《かた》は何処にいらっしゃるんです?』と彼は尋ねました。『すぐにはお目にかかれないんでしょうか?』
『正にその時機だという時になったら出て来るよ、』と彼の道連れは言いました。『しかしちょっとことわっておくが、わたしのこの姉は、わたしとはまるで性質が違うんだ。彼女は大変真面目で、用心深く、にっこりとすることも少なく、声を立てて笑うなんてことはまるでない。そして何か特別に意味の深いことを言う時のほかは、一言も口をきかないことにしている位だ。その代り、こちらからも、よほど立派なことを言わないと、相手にはしてくれないんだ。』
『これは驚いた!』とパーシウスは叫びました、『僕なんぞはうっかり口をきけませんね。』
『本当に彼女は、実に何でも出来る人なんだ、』とクイックシルヴァはつづけて言いました、『そしてどんな技芸にも学問にも通じている。つまり彼女は、あまり馬鹿馬鹿しくかしこいので、みんなが彼女のことを智恵の化身《けしん》だといってる位だ。しかし、実を云うと、少し元気がなさすぎるので、僕はどうも好きになれない。君だって彼女を、僕のように気持のいい旅の道連れだとは思わないだろうと思う。但し彼女にもいいところはある。そして君も、ゴーゴンと闘《たたか》うについては、そのおかげを蒙ることになるだろう。』
 この時にはもうあたりはすっかり薄暗くなっていました。彼等は今や、蓬々《ぼうぼう》とした藪が一面に生え茂って、今まで誰も住んだこともなければ来たこともなさそうな、ひっそりとした、淋しい荒野原《あれのはら》へ来ました。あたりのものすべては、灰色の夕闇の中にもの淋しく、しかもその夕闇が刻々に深くなって行くのでした。パーシウスは何だか悲しくなって、あたりを見まわしながら、まだずっと先へ行くんでしょうかと、クイックシルヴァに尋ねました。
『シッ! シッ!』と彼の道連れは小声で言いました。『騒いじゃいけない。ちょうどこんな時分に、こんな所で、三人の白髪婆さんに遇《あ》うんだ! 君が彼等を見ないうちに、向うから見つけられないように気をつけ給え。というのは、彼等は三人仲間で目が一つしかないけど、それが三人分の目に負けないくらい鋭いんだから。』
『でも、僕達が彼等に出遇った時に、僕はどうすればいいんでしょう?』とパーシウスは訊《き》きました。
 クイックシルヴァは、三人の白髪婆さん達が、一つの目でどういう風に間に合わせているかをパーシウスに説明して聞かせました。彼等はいつもそれをお互に、まるで眼鏡みたいにやり取りしているらしいのです。いや、それは片眼鏡といった方がいいかも知れな
前へ 次へ
全77ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三宅 幾三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング