立上って、どこへ来たのかと思って、あたりを見まわしました。彼はやがて、その椀が海を大方渡ってしまって、どこかの島らしい海岸に近づいていたことを知りました。そしてその島に、彼が何を見たと君達は思いますか?
いいえ、なかなか見当がつかないでしょう。たとえ五万たび言って見たところで、当らないでしょう! 僕にもこれは断然、彼の驚くべき旅と冒険との全行程のうちで、ハーキュリーズが今までに見た一番驚くべき光景だったと思われます。それは、切られるとすぐ倍になって生えて来る九つの頭を有《も》ったハイドラよりも、あの六本足の怪人よりも、アンティーアスよりも、ハーキュリーズの時代より前に、或は後に、誰が見たどんなものよりも、またこれから先ずうっと次から次へあらわれて来る旅行者が見るかも知れないどんなことよりも、更に驚くべきものでした。それは一人の巨人でした!
しかし、お話にもなんにもならないような巨人だったのです! 山のように高い巨人で、あまり大きいので、雲がおおよそ彼の腰のあたりにかかって、帯をしめたように見えたり、白いあごひげみたいに頤の下にかかったりしました。また彼の大きな眼の前も通って行くので、彼はハーキュリーズも、その乗っている金色の椀も見えませんでした。それに、何よりもおどろくべきことには、その巨人は彼の大きな手をさし上げて、空を支《ささ》えているらしいのです。ハーキュリーズが雲をすかして見たところでは、空は彼の頭に乗っていました! これは実際、話が大きすぎて、ちょっと信じられない気がするくらいですが。
その間に、きらきら光った椀は、前へ前へと流れて、とうとう岸に着きました。ちょうどその時、風が巨人の顔の前から雲を吹きのけたので、ハーキュリーズはとても大きな目鼻立ちをしたその顔を見ました。両方の眼はそれぞれ向うの湖ほどもあり、鼻の長さは一マイル、それから口の幅も同じくらいありました。それは何分にも大きいので、恐しくはありましたが、何だか厭《いや》になってしまったような、疲れ切ったような顔でした。自分の力以上のものをかつがされている人を、今日《こんにち》でも君達はよく見るでしょうが、まああんな顔と思っていいでしょう。その巨人にとっての空は、ぺしゃんこにされてしまいそうになって苦しんでいる人達にとっての地上の苦労とちょうど同じでした。そして、人は自分の柄にもないことをすれば、必ずこの巨人が遇ったのとちょうど同じような、ひどい目に遇うのです。
可哀そうに! 彼は明らかに、長い間そこに立っていたのです。古い森が、彼の足のまわりにだんだん成長して、まただんだんと朽ちて行きました。どんぐりから芽を吹いた、六七百年もたった樫の木が、彼の足の指の間から無理に生えていました。
折しもその巨人は、とても高いところにある彼の大きな眼から、下の方を見おろしました。そしてハーキュリーズをみとめて、ちょうど彼の顔から吹きのけられたばかりの雲の中から鳴り出す雷の音かと思われるような声で、吼え出しました。
『わしの足もとにいる奴は誰じゃ? そしてお前は、あの小さな椀に乗って、どこから来たのじゃ?』
『僕はハーキュリーズだ!』その勇士は、巨人の声と大方同じ位な、いや、全くそれに負けない位な大きな声で、どなり返しました。『そして僕は、ヘスペリディーズの庭を捜しているのだ!』
『ほう! ほう! ほう!』巨人はびっくりするほど大きな声で、吼えるように、笑い出しました。『それはまことに結構な冒険じゃのう!』
『結構でなくってどうする?』ハーキュリーズは、巨人の冗談に少しむっとして叫びました。『僕が百の頭をもった竜をこわがっているとでも思うのか!』
こうして彼等が話をしている折しも、いくつかの黒雲が巨人の腰のまわりに集まって来て、かみなりといなずまとの大変な嵐となり、あまりやかましくて、ハーキュリーズには、相手の言葉が一ことも聞き取れませんでした。ただ巨人のどれ位あるとも分らないような足が、暗い嵐の中に、にゅっと立っているのが見えるだけです。そして、もうもうとした雲に包まれた彼の全身が、時々、ちらっちらっと目に映《うつ》るのでした。彼はその間も、ほとんどしゃべりつづけているようでした。しかし彼の大きな、深い、荒っぽい声は、雷がごろごろと鳴る音と一しょになって、それと同じように、山の向うへ響いて行ってしまいました。こうして、むやみやたらにしゃべって、その馬鹿な巨人は、計り知れないほどの息を無駄に費しました。というのは、彼の言ってることは、全く雷の音と同じように、一向わけがわからなかったからです。
とうとう、嵐は来る時と同じように、突然晴れ上ってしまいました。そして、からりとした空や、うんざりしながらそれをさし上げている巨人や、それから気持のいい日の光が高い高い彼の上
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