りに描いてある奇妙な人物や、変った木や家を見て、いつも喜んでいたのに、今ではそれらの絵がすっかり金の黄色の中に消え去っていたからです。
 その間にマイダスは、一杯のコーヒーを注《つ》いでいました。勿論コーヒー注ぎも、彼がそれを取り上げた時はどんな金属《かね》で出来ていたにせよ、それを下に置いた時にはもう金になっていました。彼は自分みたいな質素な日常を送る王様としては、金づくめの食器で朝飯をたべるなんて、随分贅沢なやり方だなあと、独りで考えました。そして、こんな風にどんどん出来て来る宝物を安全にしまっておくことは容易じゃないので、閉口し始めました。もはや戸棚や台所では、金の鉢やコーヒー注ぎのような高価なものをしまっておく場所としては、大丈夫とは云えませんでした。
 こんなことを考えながら、彼はコーヒーを一匙すくって口へ持って行きました。そしてすすって見て、それが唇に触れた瞬間に、熔かした金になり、次の瞬間には、金のかたまりになったのを見てびっくりしました。
『はあ!』マイダスはすこしあきれて叫びました。
『どうしたの、お父さま?』と小さなメアリゴウルドは尋ねて、目に涙をためたままで、じっと彼を見つめました。
『何でもない、姫や、何でもないんだよ!』マイダスは言いました。『冷《さ》めないうちにミルクをおあがり。』
 彼は皿の上のおいしそうな川鱒を一尾取って、試験の意味で、その尻尾《しっぽ》を指でさわって見ました。驚いたことには、そのおいしそうに出来た川鱒のフライが、金の魚になってしまいました。但し金の魚といっても、客間の装飾としてガラス鉢の中によく飼われているような金魚になったのではありません。そうじゃなくて、本当に金で出来た魚になったのでした。そして、世界一の金細工師の手でたくみに作られたかのように見えました。その小さな骨は、今では金の針金となり、鰭《ひれ》と尻尾とは薄い金の板となり、フォークで突ついた痕《あと》までついていて、上手に揚がった魚の、こまかい、つぶつぶした外観までが、すべてそっくりそのまま金で出来ているのでした。君達も想像がつくことと思うが、実にきれいな細工物でした。ただマイダス王も、この時ばかりは、こんな手の込んだ、高価な魚の模型よりも、真物《ほんもの》の川鱒がお皿に乗っていた方がどんなにいいか知れないと思いました。
『これじゃ一体どうして朝飯を食べた
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