いわれぬ香気《におい》をただよわせていました。それらの薔薇の、美しい赤らみは、ほかではちょっと見られない程のもので、とてもやさしく、つつましく、何ともいえない静かさに満ちていました。
しかしマイダスは、彼一流の考え方から云って、この庭の薔薇を、今までのどんな薔薇よりもずっと値打のあるものとする方法を知っていました。そこで彼は一生けんめいに薔薇の藪から藪へと飛び廻って、とても根気よく彼の魔力を振《ふる》いましたので、とうとう花も蕾も一つ残らず、いやその心《しん》にもぐっていた虫までが、金になってしまいました。この結構な仕事がすっかり終らないうちに、マイダス王は朝飯に呼ばれましたが、朝の空気のために大変お腹《なか》がすいていたので、急いで宮殿へ帰って行きました。
マイダスの時代には、王様の朝御飯がどんなものだったかは、僕は本当に知らないし、又ここでそれを穿鑿《せんさく》しているわけにもゆきません。しかし、この記念すべき朝の食卓には、ホットケイキ、おいしい小さな川鱒《かわます》、ロース焼の馬鈴薯《ばれいしょ》、新鮮な茹卵《ゆでたまご》、それからコーヒーなどをマイダスに、そして姫のメアリゴウルドのためには一杯のパン入りミルクが供えてあったことと思います。とにかく、これならば王様の前に供えても恥ずかしくない朝飯でしょう。マイダス王が果してこんな朝飯を食べたかどうかは分らないが、まあこれ以上のことはなかったろうと思います。
小さなメアリゴウルドは、まだ姿を見せませんでした。マイダスは彼女を呼ぶように言って、朝飯を始めるために食卓について、姫の来るのを待っていました。公平に見て、彼は本当に姫を愛していました。今朝はまた、彼にふりかかって来た幸運のために、その愛情が一層深くなっていました。しばらくするうちに、姫がひどく泣きながら廊下をやって来るのが聞えました。姫が泣くなんて彼には意外なことでした。何故なら、メアリゴウルドは夏の日に遊びたわむれているのをよく見かけるような子供達のうちでも一番元気な一人で、年中ちょっとでも涙を流すようなことのない子でしたから。マイダスは彼女が泣きじゃくるのを聞いた時、あっと驚いて喜びそうなことをやって見せて、可愛いメアリゴウルドの機嫌を直させようと決心しました。そこで、テイブルの上へ乗り出して、彼女の鉢にさわりました。それは支那|出来《しゅったい
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