した。
 どうしたわけか、このハンカチが金になったということだけは、マイダス王もあまりうれしく思いませんでした。彼も、小さな姫の手芸品だけは、姫が彼の膝に上って、彼の手に渡した時そのままであってほしかったのです。
 しかし些細《ささい》なことで気を揉んでもつまりません。マイダスはそこで、自分のやっていることを一層はっきりと見るために、ポケットから眼鏡を取り出して、鼻にかけました。その時分には、一般の人達が使う眼鏡は出来ていなかったが、王様達はもうかけていました。でなければ、どうしてマイダスだって眼鏡を持っている筈がありましょう? ところが、彼が大変|面喰《めんくら》ったことには、そのガラスは上等だのに、ちっとも見えないことが分ったのです。しかしこれほど当り前なことはないわけで、というのは、はずして見ると、透徹《すきとお》っていた筈の上等ガラスが、金の板になってしまっていて、勿論、金としては値打があっても、眼鏡としては使いものにならなくなっていたからでした。いくらお金があっても、役に立つだけの眼鏡を二度と持つことが出来ないような貧乏人も同様になったということは、どうも困ったことだとマイダスは思いました。
『しかし、大したことじゃない、』と、マイダスは大変落着いて、独り言をいいました。『多少の不便が伴わないで、大変いいことがあるなんて思うのは虫がよすぎるんだ。さわれば何でも金になるような力のためには、少なくとも盲《めくら》にさえならなければ、眼鏡の一つ位は棒に振ってもいい。わしの目は普通のことには不自由はしないし、それに小さなメアリゴウルドも、じきにものを読んで聞かせてくれる位の大きさにはなるだろう。』
 お目出度いマイダス王は、彼の幸運をあんまり喜んでしまって、王宮さえも彼がはいっているには少し狭いような気がしました。そこで彼は階下《した》へ下りて行きましたが、そのとき彼が手でずうっと撫でて下りた階段の手欄《てすり》が、磨いた金の棒になってしまったので、またにこにこ顔になりました。彼は扉の※[#「金+巽」、第4水準2−91−37]《かきがね》を上げて(それもほんの今し方まで真鍮だったものが、彼の指が離れた時にはもう金になっていた)、庭へ出ました。ちょうどそこでは、沢山の美しい薔薇が満開で、そのほかに蕾やら、八分咲きやら、いろいろありました。それが朝のそよ風の中に、えも
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