た。
『わたしは年取ったボーシスです!』と菩提樹は囁きました。
しかし、風がもっと強くなって来ると、二本の木は一しょに――『フィリーモン! ボーシス! ボーシス! フィリーモン!』――と、まるで一身同体[#「一身同体」はママ]となって、お互の心の奥底で語り合っているように、言いました。あのいい老夫婦が若返って、フィリーモンは樫の木に、ボーシスは菩提樹になって、これからまた、静かな、うれしい百年程の間を送ろうとしているのだということは、いわずとも知れたことでした。おう、それから、彼等は何という親切な蔭をまわりに投げかけたことでしょう! 旅人がその下に休んだ時にはいつでも、頭の上の葉が気持よく囁くのを聞いて、その音がまたどうして次のような言葉によく似ているのかを不思議に思いました――
『ようこそ、ようこそ、旅のお方、ようこそ!』
そして、どういうことをすれば、ボーシスばあさんとフィリーモンじいさんとが一番喜ぶかを知っていたどこかの親切な人が、両方の木の幹のまわりに、円く腰掛をつくりました。それからずっとのちまで、長い間、疲れた人や、おなかのへった人や、喉の渇《かわ》いた人などがそこへ来て、いつも休んでは、不思議の壺から、堪能《たんのう》するほど牛乳を飲みました。
そして僕は、われわれみんなのために、その壺が、今、ここにあったら、どんなにいいだろうと思います!
[#改ページ]
丘の中腹
――話のあとで――
『その壺は、どれくらいはいったの?』とスウィート・ファーンは尋ねた。
『一リットルくらいしか、はいらなかったさ、』学生は答えた、『しかし、その中からどんどん牛乳をあけて、大樽一杯にしようと思えば、出来たんだよ。本当に、それはいくらでも湧いて来て、真夏になっても、からからになるようなことはなかったのさ、――この丘の中腹をささやき流れる、向うの小さな谷川でもそうは行かないかも知れないね。』
『そして、その壺は、今はどうなってるの?』小さな男の子は尋ねた。
『惜しいことには、それは二万五千年ばかり前に、こわれてしまったの、』従兄ユースタスは答えた。『それをみんなが出来るだけうまく修繕したんだけどね、牛乳はどうにか入れておくことは出来ても、もうそれからというものは、ひとりでに一杯になるということは決してなくなってしまったの。だからね、ひびのはい
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