が眠っている間は、あとの五十が見張りをしているという話なんですから。
僕なんかから見ると、中まで金の林檎だからといって、それほどの危険をおかす値打はなさそうに思います。それがまた、実においしい、やわらかい、おつゆのたっぷりある林檎だったら、話は別です。その時には、たとえ百の頭を有《も》った竜がいたところで、それを取ろうとすることは、多少の意味があったかも知れません。
しかし、前に言った通り、あまり長い平和と休息にあきて来ると、ヘスペリディーズの庭を捜しに行くということが、青年達には全く普通のことだったのです。そして或《ある》時、この冒険が一人の勇士によって企てられましたが、この勇士と来ては、この世へ出てから、ほとんど平和や休息を味わったことのないような荒武者でした。ちょうど僕がこれから話をしようと思っている頃のことでしたが、彼はとても大きな棍棒を手に持ち、弓と箭筒《やづつ》とを肩にかけて、気持のいいイタリーの国中を旅して歩いていました。彼はこれまでに現れたこともないような、大きな、はげしい獅子を自分で退治て、その皮をはいで着ていました。そして、大体に於て、彼は親切で、度量があって、人物も高尚でしたが、心にはまるでその獅子のように激《はげ》しいところが大いにありました。彼は旅をつづけながら、始終、あの有名な庭へはこう行っていいのかどうかを尋ねました。しかし、田舎の人達は誰もそんなことは一向知らなかったので、多くの者は、もしも、その見知らぬ人がそんな大きな棍棒をさげていなかったら、その質問を笑ってやるんだがといったような顔をしました。
そうして、彼はやはり同じことを訊きながら、どんどん旅をつづけて、とうとうおしまいに、或る河の縁へ来ました。そこには幾人かの美しい若い女達が坐って、花環をあんでいました。
『可愛らしい娘さん達、ちょっとうかがいますが、ヘスペリディーズの庭へは、この道を行けばいいのでしょうか?』とその見知らぬ人は尋ねました。
その若い女達は、花を輪にあんで、お互の頭にかぶせ合って、みんなで楽しく遊んでいたのでした。そして彼等の指には、一種の不思議な力があると見えて、彼等がもてあそんでいると、花はもとの茎に咲いていた時よりも、よけいにいきいきと水気を含んで、色合いも一層あざやかに匂いも更に強くなるのでした。しかし、その見知らぬ人の質問を聞くと、彼等は花
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