きがそびえていた。それがまた雲の上に浮かんでいるようだった。同じ方角の更に十五マイルほど向うに、一層高いタコウニック山の円い頭が見えていたが、青くかすんで、ほとんどそれを包んでいる雲の海よりもかすかなくらいだった。谷間《たにあい》を取巻く、もっと近い山々は、半分霧の中に没して、それから頂上までの間に、点々として巻雲をうかべていた。こうして全体を見渡したところ、あんまり雲霧《くも》が多く、大地がほとんど見えないので、何だか夢のような感じがするのであった。
さっき言った子供達は、はち切れるほど元気に満ちていたので、始終タングルウッドの玄関から外へ飛び出しては、砂利道をかけ廻ったり、露にぬれた芝草の上をつき抜けたりしていた。子供の数は幾人だったか、よく分らないが、九人十人以下ではなく、それかと云って十二人は越えていなかった。そして男の子も女の子も、その様子や、からだの大きさや、年恰好はいろいろだった。彼等は、兄弟、姉妹、いとこ達で、そこへ二三人の小さな友達も加わっていたが、それはこのいい季節の一部をここの子供達と一しょにタングルウッドで過ごすようにと、プリングルさん夫婦に招かれて来ている子供達だった。私は彼等の名前をいうことも、又今まで世間の子供達につけられたどんな名前で彼等を呼ぶこともやめておき度《た》い。というのは、物を書く人が彼等の著書の中の人物に、たまたま実在する人の名前をつけたがために、大変厄介なことになるような場合が間々《まま》あるということを、私はよく知っているから。そんなわけで、私は彼等を、プリムロウズ、ペリウィンクル、スウィート・ファーン、ダンデライアン、ブルー・アイ、クロウヴァ、ハックルベリ、カウスリップ、スクォッシュ・ブロッサム、ミルク・ウィード、プランティン、それからバタカップという風に呼んでおこうと思う。尤《もっと》も、こんな名前は、人間の子供達の仲間によりも、一群の妖精達につけた方がふさわしいような気もするけれども。
彼等が、誰か特に真面目な年長者の監督なしに、森や野原を方々《ほうぼう》歩き廻るというようなことは、彼等の注意深い父や母や、叔父や叔母や、或《あるい》は又《また》祖父母達から許されようとは思えない。どうしてどうして、とんでもない! この本の書出しのところで、背の高い青年が子供達のまん中に立っていたと私が言ったことを、読者は思い出
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