も其處で學んだのであつた。
 山國の石の多い、傾斜した町の姿は面白かつた。惠まれない天然に抵抗して土にしがみついて生きてゆく信濃の國は人の心を嶮しくしてゐる。議論好で、堅《かた》意地で、どうしても負けないぞといふ根性が深い。さういふ人の姿が、燒土にしつかりとまきついて離れない蔓草にも想ひ見る事が出來た。歡樂を知らない町の向うに、不平さうな顏をした淺間が烟を吹いてゐた。
 友達の家は小諸から小一里あつた。土地の舊家で、ひつそりと廣い家だつた。縁も柱も磨き込んで黒光してゐた。私に與へられたのは新建の二階で、長方形の恰も小學校の教室の樣な部屋で、疊をかぞへたら二十五枚あつた。窓から首を出すと、空氣が澄んでゐて、遠方の山の肌迄はつきり見えた。青い草は香が高さうだつた。窓の下には細流があつた。大きな柳のかげに水車が廻つてゐた。その流から水を引いた池には、肥つた鯉が群つてゐた。夕方の景色は一層美しく、夜は星が數限りなく輝いた。山風のひやひやする野に出て見た。田圃道で出あふ人が、みんな、
「おつかれ。」
 といふ挨拶をした。
 次の日の朝、丘の向うの聖護院《しやうごゐん》といふ禪寺から、
「東京のお
前へ 次へ
全18ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング