の日輕井澤へ行つた。停車場前の油屋といふ宿屋にとまつた。時々雲は去來したが、空は眞青に晴れてゐたので、その晩十時から登山の爲めに出立し、翌朝下山したら直ぐに汽車に乘つて、途中妙義山に登らうと日程を定めた。縁側に出て見ると、淺間は鼻の先にあつた。湯に入《はい》つて長々と寢そべつてゐると、不意に障子が暗くなつた。あけてみると、山の方はすつかり霧にかくれ、風は水のほとばしるやうに草を分けて吹いた。忽ち大粒の雨が縁側を打つて横ざまにしぶいて來た。
翌日も雨は止まなかつた。隣室の客が、此の雨は東から來たから五六日は晴れまいと話してゐるのを聞いて、急に思ひ切つて歸る事にした。ふりかへつても振返つても、淺間は姿を見せなかつた。
翌年、恰度同じ頃に、私は一人で東京を立つた。前の年の相棒も同行の約束だつたが、俄に都合が惡くなつて斷つて來た。しかし、今度は淺間山麓に一人の友達が待つてゐた。
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小諸《こもろ》なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
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と島崎藤村先生のうたつた城址を訪ひ、又先生や三宅克己丸山晩霞などといふ人が教鞭を執つたといふ小諸義塾も見た。友達
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