だつた。
 ある家の洋燈《ラムプ》の下に五六人車座になつて賽ころを振つてゐるのを見た。車やは其処で烟草を買つた。
「やい、誰だ。此処迄來て寄らねえつつうことがあるか。やい、面あ出しやあがれ。」
 と外に待つてゐる吾々を見て怒島つた男があつた。頬髯の凄い男だつた。
 大雪寺といふのまで三十丁もあつた。境内には大きい池と、それを取卷く櫻があつた。花見の時には此の池に舟を浮かべて遊ぶ。
「そん時はお女郎がわしらの車に乘つてくれるでごわす。」
 と車やはひどく光榮がつてゐた。池と櫻とは月光を浴びて私の記憶にあるが、どんな寺だつたか、いかなる由緒があるのか一切忘れてしまつた。醉拂ひの車やは、それからお女郎のゐる所へ案内して呉《くれ》ると云つたが、やうやく斷つた。宿に歸つて二階座敷に寢たが、夜具の惡臭はまだしもとして、忽ち全身に蚤が這ひ始めた。四疋五疋つかまへてつぶしてゐるうちに、手足腹胸首背中、全身はれあがつてしまつた。一睡も出來ないで曉の光を見た。
 朝の飯は臭くて咽喉を通らなかつた。吾々をあてこんで同じ宿に泊つた車やが、もう一人つれて來て驛迄乘せて行つた。
 吾々は上田《うへだ》へ寄つて、そ
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