客さんが見えてゐるならお遊びにお出でなすつて。」
 といふ使が來た。七十を越《こし》た老僧がたいくつして困つてゐるのだ。露を踏んで、なだらかな丘を越《こえ》て行つた。
 小柄な住職は、少し黄ばんだ白髯をしごきながら、信州辯で喋つた。ペロリ/\と舌を出して、上唇をなめる癖があつた。
「近頃こちらには窒扶斯《チフス》がはやりやしてなあ、昨夜も此の先の村の者が一人いけなくなりやしたが、全體窒扶斯つうものは喰ひ度がる病だから、構はずうんと喰はせるがいゝでごわすわ。そいつを今時の醫者は、やれ何を喰はしてはいけねえのつつうて喰ひ度がるやつを喰はせねえで殺してしまふでさあ。わしら若い時|飛彈《ひだ》に行きやしたが、あちらあ赤痢が地方病でごわしてなあ、まるで村中赤痢だつつうに死ぬ者あ一人もねえでごわす。それつつうが、みんな赤痢の性質をわきまへて居るからなんで、なんでも赤痢は命にかゝはる病ではねえやつで、病人がしきりに糞をまり[#「まり」に傍点]度がつちやあ便所へ行きやせう、ところが出てえには出てえだが、さて出ねえのが此の病のきまりでごわすから、何度通つても同じだ。たゞからだをこはすばかでごわすわ。これ
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