はうなどゝ亂暴な事を云つてゐた話の主題がやうやくわかつた。
東京に歸つてから、當時イ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン・ツルゲネフの小説を耽讀してゐた私は「山の少女」といふ題で、小説まがひのものを書いた。
小屋を出て、朝露を踏んで山を下りた。登る時は夜中でただ闇だつたところが、花に埋れてゐるのであつた。稱讚の辭をみちばたに投捨てながら忽ち麓迄かけ下りてしまつた。
「今度の、小説ですか。」
私が汗を流しながら淺間登山の此の紀行文を書いてゐる横から、家内が口を出した。折角高原の晴わたつた朝の空を仰ぎながら、若々しい詩情にひたらうとするところなのに、前かけにはお醤油のしみがついてゐるのである。
「今度は紀行文だ。淺間登山の記だ。」
「へえゝ、淺間山なんかに登つた事があるんですか。何時。」
「もう先《せん》だよ。十八だつたかなあ。十七だつたかなあ。」
「そんな不精な人によく登れましたねえ。」
「そりやあ若かつたもの。」
年をとつた亭主を持つた家内は、そんな時代なんか想像もつかないやうな顏つきだ。
「今ではもう駄目でしよ。御酒《おさけ》を飮んで贅肉がついてしまつたから。」
「なあに
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