頃、靜かな山の下の方から、ほいほいとかけ聲して登山者が來た。戸をあけて、六七人の一行が、へとへとになつて入つて來た。みんな爐のそばに倒れるやうに寢てしまつた。
 その連中は一時間ばかり休んでから、早く登らないと頂上で朝日が拜めないと云つて出かけた。吾々も起きて、又握飯を喰つた。
 孝治さんは小屋に殘つた。友達と二人で外に出ると、暗い立木の梢に、細く青い月がかゝつてゐた。あの澄んだ色を見ろ、東京の月とは違ふからと友達が云つた。頂上迄もう一里あるのであつた。
 右に聳えてゐるのがぎつぱ山だ。人々は鬼の牙の形と見てゐる。木立が盡《つき》ると俄かに寒くなつた。道は燒石ばかりになつた。風がまともにおろして來て、屡々帽子を奪はうとする。
 東の空が稍明るくなつた。遙かに下の方の山々の腰を圍《めぐ》つて白い雲が湧上つて來た。急傾斜で息切がするが、友達の足は早い。彼は八度目の登山だつた。私は負けない氣を出して踏張《ふんば》つた。風は益々烈しく、山鳴が聞えて來た。小屋を出て一時間の後、吾々は絶頂の噴火口のふちに立つた。
 硫黄臭い黒烟のうづまく底に、眞紅の火が見える。たとへるものが無かつた。
 つい此の
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