登りて小便をする程壯快な事は無いと云つた人があるが、女もその快感を味ははんが爲めに、汗臭くなつて健脚をほこり、土踏まずの無い足で富士の嶺を踏つけ、日本アルプスを蹴飛ばすのか。
机にむかつて無責任にこんな事を考てゐる私は、むげに登山熱に反對するものでは無い。實は私も充分時間があつたら、山頂の曉に放尿する快感を味はひ度いのである。望んで行へないので、些かやけ氣味になつてゐるかもしれない。
日常生活に追はれてゐる私には時間が無い。自由に遊ぶ休息の時間が充分に惠まれてゐない。勤務先の會社の内規としては、一年間に二週間を限つて請暇を認められてゐるが擔當してゐる仕事の性質上、私はそれ丈の休暇をとつた事が無い。今年の如きは、上役が突然退職したので、一日も休めなかつた。或は今後も、世間《せけん》所謂《いふところの》使用人の地位を脱しない限り、幾年の間休暇の無い生活を送るのでは無いかとさへ悲觀する事もある。そして、机にむかひつゝ海を想ひ山を想ふのである。年齡の關係か、年々海よりも山の姿に心が向くやうになつた。むかし富士山に登つた時、砂走で轉んで擦《すり》むいた膝子《ひざつこ》の傷痕を撫でながら、日本
前へ
次へ
全18ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング