生の四つに分《わけ》られてゐるもので此の四つしかねえだから、そこ迄考へてみれば何の不思議もねえ、わけのねえ事ですわなあ。で、すべて血のあるものには骨がある。骨のねえものには血がねえと、かうきまつたものだ。それ、みゝずには血がねえ、骨がねえ。あの海にゐる海鼠《なまこ》でごわしたかなあ、あいつなぞも血がねえ、骨がねえ。」
和尚の話は何時迄も盡きなかつた。淺間山には天狗(てんごと發音する)が住んでゐて、現に自分も若い時に見た事、近頃もゐるにはゐるが、あまり里には出て來なくなつた事などを、一人ではなし、一人でうなづいて倦きなかつた。面白いには面白いのだが、面白過ぎて參つてしまつた。しまひには逃出すやうに辭去した。
その日の夕方登山の支度をして出た。友達も私も單衣一枚で、草鞋を穿き、落葉松《からまつ》の杖をついた。友達は杖銃[#「杖銃」はママ]を肩にかけた。下男の孝治さんといふのが、今夜と翌朝の食料と毛布を一包にして背負つた。おあつらへのちぐさ色の股引に縞のぬのこを着て、腰には大きな烟草入をぶらさげてゐた。
山は荒《あれ》氣味で、吹|下《おろ》す風が強かつた。道ばたの蕎麥の畑から山鳩が飛んだ。友達は直に身構へた。銃聲が山に響いてこだました。傷ついた鳩は少しさきの豆畑に落ちた。
だらだら登の松原にかゝつた。林中で夕陽を見た。風が止んで、蟲の音がしげくなつた。林はいつか落葉松に變つた。枝も葉も細かく隙間の無い林と林の間の防火線を行くのだ。時々|足下《あしもと》から兎があらはれて、又草にかくれた。日が暮れて提灯をつけた。歩いてゐると暑いが、足をやすめると寒い。私は何處かで、小錢の入つてゐる蟇口を落した。
道は次第に急になつて、杖の力による事が多くなつた。時時流にかけた丸木橋を渡つた。三時間の後、山の三分の二の位置にあるといふ小屋に着いた。
「お疲れ。」
といひながら友達が先に入つた。此の小屋はその年はじめて出來たもので、まだ大工や屋根屋や樵夫《きこり》がゐた。みんないつぱい機嫌だつた。
爐ばたで、持つて行つた握飯を喰つた。榾《ほだ》の烟が目にしみて、だらしなく涙がこぼれた。腹がはると眠くなつた。山の上は五十五六度だといふ。毛布をかぶつて横になつたが、私は眠れなかつた。寒さと蚤のためだ。それなのに外の者はみんな樂々と眠つてしまつた。誰だか、しきりにおならをした。
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