由に遊び廻る気にはなれないので縁近いところでつまらなくすくんでいた。けれども次第に馴《な》れて来るとまだ見ぬ庭の木立の奥が何となく心を引くので、恐々《こわごわ》ながらも幾年か箒目《ほうきめ》も入らずに朽敗した落葉を踏んでは、未知の国土を探究する冒険家のように、不安と好奇心で日に日に少しずつ繁《しげ》った枝を潜《くぐ》り潜り奥深く進み入るようになった。手入れをしない古庭は植物の朽ちた匂《にお》いが充《み》ちていた。数知れぬ羽虫は到《いた》るところに影のように飛んでいた。森閑として木下闇《このしたやみ》に枯葉を踏む自分の足音が幾度か耳を脅かした。蜘蛛《くも》の巣に顔を包まれては土蜘蛛の精を思い出して逃げかえった。しかしこうして踏み馴れた道を知らず知らずに造って私はついにわが家の庭の奥底を究《きわ》めたのであった。暗緑のしめっぽい木立を抜けるとカラリ[#「カラリ」に傍点]と晴れた日を充分《いっぱい》に受けて、そこはまばらに結った竹垣《たけがき》もいつか倒れてはいたが垣の外は打ち立てたような崖《がけ》で、眼の下には坂下の町の屋根が遠くまで昼の光の中に連なっている。その果てに品川の海が真蒼《まっ
前へ 次へ
全38ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング