乳母はしっかりと私を抱き締めた。
「新様あなたはマアどこに今ごろまで遊んでいらっしゃったのです」
 あれほど言っておくのになぜ町へ出るのかと幾度か繰り返して言い聞かせた後、
「もう二度と町っ子なんかとお遊びになるんじゃありません乳母《ばあや》がお母様に叱られます」
 と私の涙を誘うように掻《か》き口説くので、いつも私が言うことをきかないと「もう乳母は里へ帰ってしまいます」と言うのが真実《ほんと》になりはしないかと思われて知らず知らずホロリとして来たが、
「新次や新次や」
 と奥で呼んでいらっしゃるお母様のお声の方に私は馳け出して行った。

 お屋敷の子と生まれた悲哀《かなしさ》はしみじみと刻まれた。
「卑しい町の子と遊ぶと、いつの間にか自分も卑しい者になってしまってお父様のような偉い人にはなれません。これからはお母様の言うことを聞いてお家でお遊びなさい。それでも町の子と遊びたいなら、町の子にしてしまいます」
 と言う母の誡《いまし》めを厳《おごそ》かに聞かされてから私はまた掟《おきて》の中に囚《とら》われていなければならなかった。しばらくは宅中《うちじゅう》に玩具箱をひっくり返して、数
前へ 次へ
全38ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング