忍び出たのである。かつて一度も人手を離れて家の外を歩いたことのなかった私は、烈しい車馬の往来が危《あぶ》なっかしくて、せっかく出た門の柱に噛《かじ》り付いて不可思議な世間の活動を臆病《おくびょう》な眼で見ているのであった。
麗《うら》らかな春の昼は、勢いよく坂を馳《か》け下って行く俥《くるま》の輪があげる軽塵《けいじん》にも知られた。目まぐるしい坂下の町をしばらく眺《なが》めていると天から地から満ち溢《あふ》れた日光の中を影法師のような一隊が横町から現われて坂を上って来た。
「坊ちゃんお遊びな」
と遠くから声を揃えて迎いに来た町っ子を近々と見た時私は思わず門内に馳け込んでしまった。汚《きた》ならしい着物の、埃《ほこり》まみれの顔の、眼ばかり光る鼻垂らしはてんでに棒切れを持っていた。
「坊ちゃん、おいでな皆《みんな》で遊ぶからよ」
中では一番|年増《としかさ》の金ちゃんは尻切《しりき》れ草履《ぞうり》を引きずって門柱《もんばしら》に手を掛けながら扉《とびら》の陰にかくれて恐々覗いている私を誘った。坊ちゃんの小さい姿は町っ子の群れに取り巻かれて坂を下った。
間もなく私は兄になった
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