内に充満《いっぱい》になる不秩序な賑《にぎ》やかさが心も躍《おど》るように思わせたのに違いない。私は藤次郎の言うままに乳母には隠れてたびたび連れて行ってもらったものだった。静寂な木立を後にして崖の上に立っていると芝居の内部の鳴物の音《ね》が瞭然《はっきり》と耳に響くように思われてあの坂下の賑わいの中に飛んで行きたいほど一人ぼっちの自分がうら淋しく思われた。

 それは確かに早春のことであった。日ごとに一人で訪ずれる崖には一夜のうちに著しく延びて緑を増す雑草の中に見る限りいたいた[#「いたいた」に傍点]草の花が咲いていた。その草の中にスクスク[#「スクスク」に傍点]と抜け出た虎杖《すかんぽ》を取るために崖下に打ち続く裏長屋の子供らが、嶮《けわ》しい崖の草の中をがさがさ[#「がさがさ」に傍点]あさっていた。小汚《こぎた》ない服装《みなり》をした鼻垂《はなた》らしではあったが犬のように軽快な身のこなしで、群れを作ってほしいままに遊び廻っているのが遊び相手のない私にはどんなに懐かしくも羨ましく思われたろう。足の下を覗くように崖端《がけはた》へ出て、自分が一人ぼっちで立っていることを子供らに知っ
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