》めた。なぜということはなしに私は町っ子と遊んではいけないものだと思っているほど幼なかった。そのころ私は毎晩母の懐《ふところ》に抱《いだ》かれて、竹取の翁《おきな》が見つけた小さいお姫様や、継母《ままはは》にいじめられる可哀《かわい》そうな落窪《おちくぼ》のお話を他人事《ひとごと》とは思わずに身にしみて、時には涙を溢《こぼ》して聞きながらいつかしら寝入るのであったがある晩から私は乳母に添い寝されるようになった。
「もうじき赤さんがお生まれになると、新様《しんさま》はお兄いさんにおなりになるのですから、お母様に甘ったれていらっしゃってはいけません」
と言い聞かされて、私は小さい赤坊《あかんぼ》の兄になるのを嬉《うれ》しくは思ったが母の懐に別れなければならないことの悲しさに涙ぐまれて冷たい乳母の胸に顔を押し当てた。
間もなく母は寝所を出ない身となった。家内の者は何かしら気忙《きぜわ》しそうに、物言いも声を潜めるようになり相手をしてくれることもなくなった。私の乳母さえも年役に、若い女のともすれば騒ぎたがるのを叱《しか》りながらそわそわ[#「そわそわ」に傍点]立ち働いていて私をば顧みることが少なくなった。出産の準備《したく》に混乱した家の中で私は孤独《ひとり》をつくづく[#「つくづく」に傍点]淋しいと思った。お祖母様のお気に入りで夜も廊下続きの隠居所に寝る姉も、そのころ習い初めた琴を弾《ひ》くことさえ止められて、一人で人形を抱《かか》えては、遊び相手を欲しがって常は疳癪《かんしゃく》を恐れて避けている弟をもお祖母様の傍《そば》に呼んで飯事《ままごと》の旦那《だんな》様にするのであったが、それもじきと私の方で飽きが来てふと[#「ふと」に傍点]したことから腕白が出ては姉を泣かすのでお祖母様や乳母に叱られる種となった。腕白盛《いたずらざか》りの坊ちゃんは「静かにしていらっしゃい」と言われて人気の少ない、室の片隅に手遊品《てあそび》を並べてもしばらく経《た》つと厭《いや》になって忙しい人々に相手を求めるので「ちっとお庭にでも出てお遊びなさい」と家の内から追い立てられる。
黒土の上に透き間もない苔は木立の間に形ばかり付いていた小道をも埋《うず》めて踏めばじとじと[#「じとじと」に傍点]と音もなく水の湧《わ》き出る小暗い庭は、話に聞いたいろいろの恐ろしい物の住家のように思われ、自
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