覺書
水上瀧太郎
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]
−−
泉鏡花先生は、天賦の才能を以て、極めて特異な思想感情を、あますところなく文字に表現し盡しておかくれになつた。凡そいかなる作家と雖も、一作を成すや直に、何か表現し切れないものゝ胸に殘つてゐる、あと味の惡さに惱むのが普通だらうが、泉先生にはそれが無かつたらしい。或は、先生自身にはかゝる惱があつたかもしれないが、少なくともその作品には、さういふ痕跡を止め無い。作者と作品の間に過不足がない。讀者の側で何か物足りなく思ふならば、それは先生の持合せてゐないものを求めてゐるのであつて、先生が持つてゐながら表現し殘したものでは無いのである。
明治大正昭和を貫く我國近代文學を、くまなくあさり求めても、先生程描寫力の豐かな作家は外に無い。鴎外や漱石が、先生を第一位の小説家として推奬したのも、主として此の素晴らしい描寫力に敬服した故であらう。西洋古今の小説家中、最も逞しい描寫力を持つと極附のトルストイは、あらゆる場面、あらゆる人間を描いて、しかも心理描
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング