は田町の鹽湯の二階だつたと記憶して居るが、どんな家だつたか、はつきり目に浮べる事は出來なくなつた。十數人集つた仲間の半分以上は、自分の知らない顏だつた。てんでんにいろんな希望を述べあつたが、結局は資金の問題だつた。會費制度だと聞いて居た「白樺」の噂が頻に出たやうに覺えて居る。月々一人がいくらいくらの會費を出せば維持して行かれる、いやそれでは足りない、そんなには出せない、といふやうな事を長い間言ひ合つた。雜誌さへ出せば、直ぐにも文壇の一角に勢力を張れるやうな口をきく者も、計算の事に及ぶと口をつぐまなければならなかつた。みんなが書生つぽだつたのだ。
その中でたつた一人、際立つて世馴れた口をきく人が居た。それ迄に、一度も顏を見た事の無い人だつた。金釦の制服を着て、人々の後の方にひかへめにして居るのが、まるで新入生のやうだつた。その人は一册の雜誌を出すには、どの位費用がかかるとか、どの位の部數で、どの位賣れ殘るものだとか、會費制度ならば、どの位なければ足りないとかいふやうな事を、事細かに述べた。大ざつぱな書生ばかりの中に、たつた一人のその人は、怖ろしく頼母しい人に見えた。唯單に雜誌出版の話を
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