に冷汗を覺えてゐると、
「これは非道《ひど》い。」
と兄は低い聲でつぶやいた。教養のある紳士が、何かの機會で、婦人の見るべからざる姿態を見せられた時につぶやくやうな、困つて赤面したやうな兄の樣子を見て、自分は腋の下の汗を拭いた。
口のきき方も山姫の無邪氣さには遠く、蓮葉《はすつぱ》娘が甘やかしはうだいの母親の前でだだをこねてゐるやうであつた。
やがて歌をうたつた。小學生の生徒が「螢の光、窓の雪」と歌ふやうに、極めて單純にうたつた。
やがて踊つた。忘年會でかつぽれを踊る會社員よりも危ない足どりだつた。
自分は兄と顏を見合せて苦笑した。
言ふ忽れ、又しても外形の美醜によつて判斷するものと。自分が此の時の不愉快は、屡々泰西の戲曲を演じる松井須磨子は、何故にもつと歐米人の姿態――身ぶり、手ぶり、足ぶりを研究しないか、カチュウシヤの歌をうたひ、さすらひの歌をうたひ、更に山姫の歌をうたふ松井須磨子は、何故にほんたうに聲の出るやうに正式の聲樂の練習をつまないのか。何故に西洋舞踏の初歩位はもう少し正確に學ばないのか。餘りに無反省なその心事を不愉快に思つたのである。
人々は山姫のくるくる※
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