、憎まれ口をききながら立上がつた。


 歌舞伎座に行くと、兄や嫂はもう來てゐて、自分が患部を氣にして妙な格好で横坐りに坐ると、直ぐに幕が開いた。
 まるまると肥つた松井須磨子の山姫が金髮をくしけづりながら、目の前の蜂にいけぞんざいな口をきいて居る。誰だつたか忘れたが、松井須磨子の豐滿な肉體の極めて肉感的な事を讚美した文筆の士があつた。たしかに近代的|好色男《すきもの》の心をそそる肉體であらう。太い首から、山國産らしい肩の形、づんぐりした胴、豐かにまあるいお尻などは、病的な浮世繪や草艸紙の美人の弱々しさを嫌ふ現代の油繪畫家も喜ぶ姿態かもしれない。不幸にしてその姫が山姫ラウテンデラインといふよりも場末の酒場舞踏場《カバレ》に出る踊子か、日本でいへば酌婦のやうに思はれたのである。困つた事には足に坐り癖がついてゐて、うす衣《ぎぬ》ばかりの曲線の際立つ姿で腰かけてゐると、自然と内輪に曲つてゐて怖ろしく醜くかつた。しかも山姫の無邪氣さを見せる爲めか、子供のやうにばたつかせる足の位置が、揃へて前に投げ出せばいゝのに、兩方に開いてゐるので、愈々酌婦めいた淫猥な格好になつた。
 自分は新しい戲曲の爲め
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