なつた或日、彼は漸く福島屋から送つて來た「日本橋」を受取つたが、それと同時に待焦れてゐた月給日も到來した。
幾枚かの札の入つてゐる一封を受取ると、梶原君は直ぐに町角の本屋に驅けつけて、此の幾日の間毎日毎日寂しい懷をなげきながら眺めてゐた「日本橋」を手に入れた。福島屋からの一册は現に手に持つてゐるのだけれど、あれ程迄に自分が思ひを寄せた一册を、何處の誰だかわかりもしない他人の手に委ねる事は情に於て忍びなかつたのださうである。
「その時の嬉しさつたらなかつた。」
と梶原君は目も鼻もなくなした嬉しさうな顏をして話を結んだ。
「笈摺草紙」を手に入れそこなつた自分の失敗談を冒頭《まくら》にふつて、梶原君が「日本橋」を手に入れた一事を購書美談として世の人に傳へようと思ふ。(大正七年七月七日)
[#地から1字上げ]――「三田文學」大正七年八月號
底本:「水上瀧太郎全集 九卷」岩波書店
1940(昭和15)年12月15日発行
入力:柳田節
校正:門田裕志
2005年1月17日作成
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