きしのあかしや、地下一尺生、その他めまぐるしい程の變名を用ゐてゐる。自分が自分の崇敬する明治大正の一大藝術家泉鏡花先生の作中の人物の姓名を無斷借用して水上瀧太郎と稱《とな》へたのは、別段深い意味はない。子供の時分から物を書く時には、親のつけた名前よりも自分自身で考へた名がつけ度かつたので、さうした迄の事である。しきりに「近親者」だ「近親者」だとしつつこく云ひながら、ちつとも本當の自分を知らないところを見ると、吉村忠雄氏又は次郎生は人違ひをしてゐるのではないかとも疑はれる。斷つて置くが自分の本名は阿部章藏である。
吉村忠雄氏又は次郎生の愚にもつかない質問に長々と答へながら、自分は自分の正直過ぎるのが馬鹿々々しくなつたが、考へて見ると吉村忠雄氏又は次郎生の如き「卑賤民」は數に於て恐るべき勢力を持つてゐるのであるから、自分が本氣で努力してゐる藝術の爲にも、勞をいとはず返答しなければならないやうにも思はれる。讀者恐らくは、馬鹿々々しい詰問に取合つてゐる自分の愚を救ひ難しとするであらうが、その自分の馬鹿正直をさして即ち「愚者の鼻息」と題したのである。(大正七年六月十八日)
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