察描寫共に細緻な事である。規模の大きい或事件の進展を描いた他の小説には、夫人の最も不得意らしい心理描寫性格描寫の極めて粗雜な事が、明確に觀取されるのに、これらの短篇中の短篇にはさういふ要素を比較的に必要としない爲に、無瑕の寶玉の光を帶びてゐる。夫人は人の心の深い動搖、變化、展開を描く事には拙劣だが、或一瞬時の心の浮動は、極めて親切叮嚀に同情深く描き出す。自分が推稱する作品中の「お伊勢」「駒鳥」などは正にこの好適例である。
「雨」に至つては「八千代集」中最も短いものではあるが、同時に最も完全な短篇として第一に推讚し度い。夫人の寫生家としての冴えた手腕《うで》が、他の作品では兎もすると、押へても押へ切れない夫人特有の片意地や、あて氣や、山氣に邪魔されて、本來の光を現さないのが、此處では立派な作品を成し、しかも藝術家に有勝《ありがち》の芝居氣のまじらない純粹の人の愛が、一字一句に籠つてゐて、幾度繰返して讀んで見ても、自分は歡喜に伴ふ涙ぐましい程の心地を覺えるのである。ふと乘合せた電車の中の姉弟《きやうだい》の、その境遇性格、全生涯迄も、僅に數頁の文字の中に暗示されてゐるばかりで無く、もつと廣
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