ないのであつた。兎に角才能のある方がそれを捨てるといふのは惜しい事ですから、などと一人合點で餘計な事をいふのである。自分は苦笑しながら食事を終つた。
東京に着いて、母や弟妹や、親類友だちに久々で逢ふ時、自分はもう悄氣《しよげ》てゐた。誰しも自分を異常なる出來事の主人公と見做してゐるらしく思はれてしかたがなくなつた。あれ程心を躍らして待つた父母との對面にも、自分は合はせる顏が無いやうに思はれた。自分が東京に着く前に既に關西電話で傳へられた、毎日朝日と同じやうな記事が都下の多くの新聞に出てゐた。
その日から我家の電話は新聞社からの電話で忙しく鳴つた。玄關に名刺を出すごろつきに等しい新聞記者を一人々々なぐり倒し度くいきまく自分と、それらの者の後日の復讐を恐れる家人との心は共に平靜を失つてしまつた。老年の父母が、自分が憤りの餘り、更に一層彼等から意地の惡い手段を以て苦しめられる事を氣づかふのを見てゐると、遂々《とう/\》自分の方が弱くなつてしまつた。新聞社へ宛て書いた難詰文も破いて捨てなければならなかつた。
あまりに多數のごろつきの玄關に來るのを歎く母の乞を容れて、中の一新聞を擇んで面談
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