矢先に、不祥なる噂を捏造吹聽され、天下に之を流布すべき新聞紙の記事に迄されたといふ事は、親として心痛き事であると同時に、世の親に對して、如何にも無禮暴虐である。彼をおもひ之をおもふ時、自分は心底《しんそこ》から激怒した。
 京都で梶原氏に別れると直ぐに手帖を取出して、先づ大阪毎日新聞に宛て、夕刊記載の記事の捏造である事、その記事を取消すべき事、その捏造を敢てしたる記者を罰すべき事を書送るつもりで草案を書き始めた。先づ目に觸れたものから、溯つて朝日の記事一讀の後は、それにも一文を草して送り詰《なじ》らうと思つたのである。
 自分が久しぶりで歸つた故郷の第一日は、かくて不愉快なものになり了《をは》つた。新聞社へ送る難詰文を書き終り、手帳をとぢて寢臺に入つても、安らかに眠る事は出來なかつた。
 翌朝、愈々東京へ近づいて行く事を痛切に思はせる舊知の景色が、窓近く日光に輝いてゐるのを見た時、自分は再び爽かな心地で父母の家にかへりゆく身を限り無く喜んだ。口漱ぎ、顏を洗ひ、髯を剃つて、一層晴々した心持になつて食堂に入つて行つた。
 何處にも空いた食卓は無く、食卓があれば必ず知らない人がゐた。つかつか
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