と、女は意地にも男の心を引きつけて置かなけりやならない。それで居て女はちよいちよい浮気をした。若い役者のなにがしと立てられた噂や、田舎出の若旦那を手玉にとつたと云ふ蔭口は、全く根も葉もない事ではないのであつた。それを男に責められると、彼はちつとも悪びれるところもなく、
「ええ、さうよ。でも貴方は別ものにして置くからいいでせう。」
 女はいつも隠しだてをして押しきつてしまはうとはしないのであつた。こんな間柄になつて居るとまでは見破ることの出来ないお茶屋の女中や朋輩芸者は「あやちやんは利口ものだ」と云つて感心すると同時に「松村の旦那はちつとも御存じないのかしら」と云ふ様な目付で、男の顔を気の毒さうに見て居ることなどもあつた。男にはそれが一つの侮辱と思はれた。で、女によくかう云つた。
「俺の名前にかかるやうなことをしてくれちや困るぢやないか。」
 男は殊更に鷹揚な態度を示して、かうは云ふものの、深い憤《いきどほり》を包むに苦しさうな顔付をすることが常であつた。一思《ひとおもひ》にこんなやくざ女を蹴とばしてしまはうといきりたつこともあつた。ただ四五年の間絶えず茶屋酒に親んで来て修業が大分《だい
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