と白川とが明治法律学校で学んだのは十年以前のことである。卒業後白川は弁護士を開業し、彼は松村家へ養子となり、養家の財産を資本にして二三の事業を経営した。相互信托株式会社も其一つである、二人は当初親しく往来して彼の事業の創始の際などは、白川はかなり立入つた相談にも与つたのである。追々彼の実業界に於ける声望が高くなり、交際範囲が広くなるにつれ、彼は多忙の身となつた。会同交歓するにも大方彼の事業に利害の関係ある人々と一緒であつた。二人の間の親しみは疎くすると云ふ考もなしに疎くなつた。精神的に心の合つたと云ふでも無し、趣味も性格も余り似通つて居ない、養家の資産を土台にして今多少の羽振がいいからつて利害の友の外に旧歓を思はない様な心意気が白川には面白くなかつた。用事がなければ行く、さもなければ忙しい彼に忙しい時間を割かす程の必要もないと思つて、多少の嫉妬と僻《ひが》みとを交へた感じで白川は疎々しくなることを望ましい事とは思はぬながら足は彼の門から遠ざかつた。あんなにいきばつ[#「いきばつ」に傍点]て居るが、一つ蹉躓が来れば利害の友はみんな背く。いつそそんな時がくれば面白からう。どんなに孤独を感じ、どんなに寂寥を覚えるだらう。その落目の場合に、俺は行く。行つて初めて俺の至誠を彼に滲み透らさせて見せる。白川はこんな残虐を想望することすらあつた。この様な仕向けが白川の処世の上に不利益であり、又松村の為にも残念なことであると云つて、白川の幼な友達で松村の腹心の使用人となつてる桑野は屡々白川と云合つた。初め桑野を松村へ近付かせたのも白川なのである。
「貴方はなぜ大将に近づいてくれないんです。結局の処は……。」桑野は溢れるやうな熱心を以て畳を叩くやうな手付をして云ふのである。
「結局の処は、損がないぢやありませんか。」
「それはさうさ。」白川は仕方なしにかう云ふものの、反感を抑へることは出来なかつた。
「けれどもねえ、いやだからねえ。おちやまいす[#「おちやまいす」に傍点]たれるやうに思はれるのも、いやだからねえ。松村君はえらくなつちまつて、俺なんぞ眼中に無いんだ。」
「さう思ふからいけない。学校時代の友達で一番親しくしてゐるのは貴方でせう。貴方が訪問したとき、いつだつて大将が悪い顔をしたことがありますか。そりや大将も悪い。本統に死身になつてくれる人を見つけようと云ふ気が無いんだから。し
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