しみもすつかり融《と》けてしまつた。どうにかして女房を素直にあやまらせて、お上からあんまりがみがみ云はれないうちに、早くゆるして貰ひなさいと勧めて見る気になつた。
 けれども女房の顔にはそんな和《やはらぎ》が少しも上らなかつた。髪はぐるぐる巻にして油つ気もないので後れ毛は容赦なく、骨ばつた頬のまはりに乱れて居た。鼻だけはやゝ形がいゝが、目元に険があつて、口がきりつと男の様にしまつて居た。すてばちになつたら何ものにも恐れないと云ふ毒々しい気性がしんねりむつつりした容貌の上にあらはれてゐた。流石《さすが》おつかさま[#「おつかさま」に傍点]に向つては、唇をそらしても居られないのであつたが、さればと云つて、心からお詫をしようとは思ひこんでは居なかつた。女房はどこまでもふてぶてしく、強ひて空うそぶくやうな様子を作らうとするのであつた。
 お巡査《まはり》さんは此間もちつとも考をやすめなかつた。気のせいか、どうも女房の素振が可怪しく思はれてならなかつた。第一、自分等が付いて来てからと云ふものは、あの女はちつとも坐をたゝない。あわてないからだと云ふにしたところで、挨拶をするにも、あんまり落ちつきが
前へ 次へ
全35ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平出 修 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング