臓品と云ふものはまだ一品も警察へは出て居ないのである。
 亭主は首を俛《うなだ》れてぢつと足許を見て居るばかりで、
「なんにもありません。」と云ひ切つて、其外のことは一語も云はない。
 お巡査《まはり》さんは女房を呼びかけて、同じことを云つた。女房はたゞ黙つて居る。
「家《や》さがしをするが、いゝか」
 お巡査さんはとうとう靴に手をかけた。いくらか脅《おどか》し気味でもあつた。尋常にぬげばすぐぬげる短靴《たんぐつ》が、ちよつと脱ぎ悪くさうにも見えた。さつきから前栽の傍まで押しよせて、遠巻に見て居た村民の目には、気色ばんだお巡査さんの様子が読みとられた。中にはそつと唾をのみこんだものもあつた。
 お巡査《まはり》さんはたうとう靴をぬいだ。身をねぢつて茶の間の方へ向き直りながら立ち上つた。がちやりと剣の音がした。
 女房の耳にはたしかに此剣の音が響いた。蒼かつた顔が一きは引きしまつた。口は結んだまゝである。
 つかつかとお巡査《まはり》さんは、室内へ押し込んで行つた。案内もまたずに座敷の中を覗いた。座敷と云つても藁莚を敷いた六畳ほどの何の飾もない垢にまみれた室である。次に寝間をのぞいた。一
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