の木は、なんにも食はなくつても生きて居るがんだ。」
 彼女は呟くやうに独語した。

「かん、かん、かん。」初三つ四つは緩く、中程は急調に、終りは又間のびた拍子で、板木《はんぎ》の音が鳴つて来た。眠に落ちつゝある村中の人の疲れた頭をつきぬけて、音波の震動は西風の吹くがまゝ、遠い東の空へ漂ひ去つた。彼女もその音を聞いた一人であつた。最も深い感銘と情趣とを刻みつけられた一人であつた。彼は消えて行く余韻の名残をも聞き洩すまいとするかの如く、ぢつとぢつと耳を澄して居た。
「さうだ。今夜お説教があるんだ。お使僧様がござらつして、親様のうちで。」
 かれは昼のうちにこのことを聞いて知つて居た。もう今頃は村の人々がより集つて居る頃である。が誰一人彼女を誘つたものはない。今鳴つた板木はお説教の初まる知せであるとは云へ、彼女にも来いと云ふ様な懐しみの籠つた響とは聞えなかつた。汝は村外《そんぐわい》だ、汝はこの音に耳を塞いで一人でつつぷして居ろといふ様な怨めしい調子を帯びて居た。かうして何か事ある毎に村の人から彼れはのけものにされてしまふ。一日々々に彼と村の人との親しみは剥げて行く。このまゝにものゝ三月もつ
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