ら呼びたてゝ居る女房もあつた。
 盗人に腰繩をうつて、お巡査《まはり》さんは少し跡からしとしとと歩いた。盗人は旅姿のままであつた。脚絆わらぢがけで、木綿たて縞の合羽を著た、きりつとした仕度であつた。お巡査《まはり》さんは幾晩となく張り込んだ手柄を先づ村民から見て貰ひたいとも考へて居た。肥馬に跨り、革の鞭をとつて鞍の上から豊に睨み廻す時のやうな心持がかなり緊張を感ぜしめた。子供、子守、女親、一軒の主人、いろいろの人達がいろいろの顔付をして、ぞろぞろと後から跟いて行く。
 親様のおつかさま[#「おつかさま」に傍点]も大勢の中にまじつて居た、気性のさつぱりした、それで居て情の深い、誰にもよく思はれて居る人である。二十代の若いときに、劇しい痛風症を煩つて左の足が少し跛となつた。あのやうな結構人にどうしてあんな悪い病気がとつついたのであらうと云つて、其当時村中の人は悲しいことの一つに云ひ合つて居た。家柄に対する尊敬と、人柄に対する憧憬とが此人の上に集つて、小さい村の云はば女王であつた。今日も村民はこの女王を真中に守護して、お練りをする時のやうにごたごたして居ながらも、此人の前に立ちふさがるやうな
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