りへまで働きに行つた。やがて雪がふる。冬籠の中でこしらへる草鞋細工の材料の藁さへ乏しい寒さは、どうして凌いだものか。居残つた者はその当《あて》さへなしに、少しばかりの畑を耕して、勢《せい》のない鋤鍬を動して居るのである。
 麦の芽が針程に延びて、木綿畑では、枯葉やはぢけたもも[#「もも」に傍点]の殻がかさかさと風に鳴る静かな朝のことであつた。この寂しい、死んだやうな村に一つの出来事が起つた。それは盗人が巡査につかまつたと云ふ事件であつた。
「儀平のとつさあ[#「とつさあ」に傍点]しばられた。」
 三十戸しか無い村中にこのことが忽ちのうちに響き渡つた。
「親様(昔の荘屋を親様と云てゐる)の土蔵破りだてや。」
「ほんだか。」
「まあ。おつかない。」
 鋭い、いらいらした、尖《とが》つた気分は、重く澱んだ村中の空気をつきやぶつた。短い沈黙の後に、聞耳たてたひそひそばなしと、頓興ながやがや声とが入りまじつて起つた。ある者は片足ばきの藁草履で戸口を飛びだした。縄帯をしめしめ当もなく小走りにあるいてる若者もあつた。
「こらあ。吉次や、家《うち》へこいつてば。」
 子供を表へ出すまいとして、家の口か
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