ら呼びたてゝ居る女房もあつた。
盗人に腰繩をうつて、お巡査《まはり》さんは少し跡からしとしとと歩いた。盗人は旅姿のままであつた。脚絆わらぢがけで、木綿たて縞の合羽を著た、きりつとした仕度であつた。お巡査《まはり》さんは幾晩となく張り込んだ手柄を先づ村民から見て貰ひたいとも考へて居た。肥馬に跨り、革の鞭をとつて鞍の上から豊に睨み廻す時のやうな心持がかなり緊張を感ぜしめた。子供、子守、女親、一軒の主人、いろいろの人達がいろいろの顔付をして、ぞろぞろと後から跟いて行く。
親様のおつかさま[#「おつかさま」に傍点]も大勢の中にまじつて居た、気性のさつぱりした、それで居て情の深い、誰にもよく思はれて居る人である。二十代の若いときに、劇しい痛風症を煩つて左の足が少し跛となつた。あのやうな結構人にどうしてあんな悪い病気がとつついたのであらうと云つて、其当時村中の人は悲しいことの一つに云ひ合つて居た。家柄に対する尊敬と、人柄に対する憧憬とが此人の上に集つて、小さい村の云はば女王であつた。今日も村民はこの女王を真中に守護して、お練りをする時のやうにごたごたして居ながらも、此人の前に立ちふさがるやうなぶしつけをしようとするものはなかつた。
村全体を端から端まで測つて見たところで十町ともあるまい。それに親様の家と盗人の家とは余り離れては居ない。ものゝ五分もたゝないうちに一同は盗人の家についた。家は西に向いて居る。入口は土間の仕事場で、つゞいて東に茶の間があつて、その奥に座敷と寝間とが三つ割になつて間取られてある。本人とお巡査《まはり》さんとおつかさま[#「おつかさま」に傍点]とは茶の間の先の縁に腰をかけた。縁と云つても一尺五寸ほどの板ばりで、埃《ごみ》と垢とで真黒になつて居る。前栽にはちよつとした坪がこさへてあつて、赤と黄との花をもつた鶏頭が二三本薄暗く咲いて居た。鳳仙花はもう実となつたし、曲りくねつた野生の小菊はまだ石蕾である。
茶の間の真中に真四角のゐろり[#「ゐろり」に傍点]がきられて、煤けた鍵竹《かぎたけ》の先には、黒焦に焦げた薬罐がかゝつて、木のころがぶすぶすとその下に燻《いぶ》つて居る。女房は下座の爐辺《ろばた》にすわつて挨拶さへもしない。
お巡査《まはり》さんは、最初亭主にものを云つた。まだかくしてあるべき臓品は、すぐにここで出してしまへと云ふのであつた。この度の
前へ
次へ
全18ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平出 修 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング