むつちりとした可愛らしい子で、額付《ひたひつき》が今の菊五郎に似て居たので、おとはやおとはやと呼んで居た。おとはやと云はれると嬉しがつてよく私達の云ふ事をきいて、骨牌《ふだ》のお掃除や碁石の出し入れをしてくれた。
「もうあちらへ行きませうよ。」六時がすぎるとお糸さんはいつも催促した。六時を境《さかひ》にして昼夜の花に為切《しきり》がつく、お糸さんは決して六時前にはあちら[#「あちら」に傍点]へ案内をしなかつた。客にむだなおあしを使はせないやうに考へてるからである。そんなことが私達の気に入るのであつたかもしれない。
「今日は此処でくらすんだ。」私はかう云つて動かないことがある。するとお糸さんはせきたてる。
「いけませんよ、待つてるぢやありませんか。」
「誰が誰をさ。」
「誰でせう。」
「だが、じつにもてないね。」
「御じやうだんばつかし。貴方方にそんなことがあるもんですか。みんなが大騒ぎですよ。」こんなことをお糸さんは云ふけれど、花魁《おいらん》の口上だと云つていい加減なこしらヘごとを客に耳打すると云ふ、そんな人の悪いことは、お糸さんは決してしなかつた。
「どう云ふんだらうとお糸さんに聞
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