て、腰をかける席もなかつた。種田君の病体では釣革をたよりに立つて居るのが苦しさうであつた。中途でしやがんだりしてやつと品川へついた。電車を下りたら目まひがしてあるけぬと云ひ出した。どこにか休んで行かうと云ふことになつたが、どこへ行くと云つても外に知つた家もないから、「桔梗」へでも行かうと云ひ出した。細君達や子供は先へ帰ることにして私が残つた。
二人は「桔梗」の入口の戸をあけて中《うち》へはいつた。六畳の上り端《はな》で欅《けやき》の胴切《どうぎり》の火鉢のまはりに、お糸[#「糸」はママ]さんとおなかさんとがぼんやりして居た。今私達があけた戸口から外の寒い空気が、いいあんばいに暖《ぬく》まつてゐた二人の女の肌《はだへ》をさした。なげしの上の神棚の灯がちよつとまたたいた。
「今晩は。」
「あらつ。」二人の女は等しく目をあげた。
「いやお久しう。」種田君は例の調子で、例の笑ひ方をした。
「お糸さんは。」
「居ますのよ。まあお上《あが》りなさいまし、」と私達の方へ云つてお仲さんは二階の方へ、
「お糸姐さん、お糸姐さん、」と呼んだ。そそくさと二階を下りて来たお糸さんは、
「どうなすつたの、」と
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