肋膜さ。」
「さうですか。うちのおもちやもやつぱり。」
「肋膜をやつてるの。」
「ええ、赤十字病院へ行つてますの。も二月ほどになります。」
「そりや大事な金箱を痛めて困るね。此病気は長いからな。」
お仲さんの酌んで出した番茶に喉を霑《うるほ》して三人づれで出かけた。
館の門をはいると、女中が式台《しきだい》の処へ出迎して居る。
「妙なお客が来ると思つてるだらう。」私は女中の方を見乍ら云つた。
「男二人に女が一人つてんだからな。」藤浪君も笑つた。
「その女もこんなに汚《きたな》いおばあさんですものねえ。」
果して女中の眼の中には判断に迷つたらしい色がただよつて居た。
「おとまりでいらつしやいませうか。」座敷の都合でもあるのか、此三人の正体をさぐる材料にでもするのか、女中はかうきいた。
「とまるかも知れんが、とにかく二時だ、御空腹と云う処だ。」
「かしこまりました、」と云つて女中は奥まつた座敷の二階に通した。
上日《うはひ》がいいので、電車から橋を渡つて赤い鳥居の並んだ途をあるいて来る間に、全身は少し汗ばむ程であつた。座敷へ落着くと軽い疲労を覚えて私はすぐ横になつた。わづらつた左の肋膜がまだ疼《いた》むので右に臂枕をした。お糸さんは枕をさがしてきて、お寒いからつて私のマントを取つて上へかけてくれた。
「やつぱりやせていらしつてね。」
「まあ見てくれ、こんなだ。」私は寝ながら左の腕をさしのべた。
「いたいたしいこと。あたしはこんなに、」とお糸さんは右の袖をかかげて見せた。節の短い円く肥つた腕ではあるが、女らしいふくらみがないのであつた。
「強さうだね。」藤浪君はかう云つて、
「僕はどうだ。」がんぢやうな前膊《ぜんはく》の皮膚はやや赤味を帯びて、見るから健康を語つてゐる。
「いい体格だね、」と私は惚れ惚れしてそれを飽かず見入るのであつた。
私はだんだん眠けがさして来た。お糸さんと藤浪君とはいろいろ面白いことを話合つて居る。
「ぢや今はおひとり。」お糸さんが藤浪君にきいた。
「独りだ。先月八人目の嬶《かかあ》ににげられたんだ。」
「どうなすつたの。」
「何にもしないが逃げるんだ。」
「そんなことがあるもんですか。」
「実際だ。八人のうち、二人に死なれて、六人に逃げられたんだ。どうかと云つて手を合せて拝むんだけれど、みんな逃げてしまふ。それも僕の景気のいい時ならいいん
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