願つて来たの、どうかいい人を授けて下さいかね。」
「商売繁昌をお願ひ申したんですわ。」
「ここへ来てもまだ慾張つてゐるんか。」
「一番当りさはりがなくつていいでせう。」
「神様の前に当りさはりを考へてゐるものがあるものか。」
「当りさはりつて云へば、いつかはいろいろ御心配をかけまして、あの裁判の事で。」
「どうしたね。種田君から一寸聞いたけれど。」
「お蔭様でねえ。あたしお話伺つてすつかり安心しちまひまして、夕飯まで遊ばせて戴いたんでせう。帰つたのが十時頃でしたわ。内ぢやお昼過ぎに出たつきりなもんですからどうしたんだらうと云つて心配してゐましたつてさ。私の顔を見るとどこへ行つてゐたんだよつて、姐さんが申しますの。これこれだと話をすると、それはまあよかつたと皆が喜んでくれましてね。それでもあたしばかりそんな呑気に御馳走になつたりなんどしていいけど、内ぢや大そう心配して居たんですから、姐さんの前へきまりがわるくなりましてね。」
「それで裁判所へ行つたの。」
「ええ、行きました。午前九時つてますから、一生懸命に朝起して出かけましたの。十一時頃まで、あの廊下の椅子の処で待たされて散々になつちまひました。判事さんの前へ行きますと、お前は誰だつて、大そう威張つてねえ。」私達はもう舞台の廊下に来て居つた。単物《ひとへもの》からセルへうつる時候で、生憎《あひにく》其日は蒸《むし》熱いので、長い幕合を涼みがてら廊下に出て居る人が多かつた。
「それから………と云ふ者を知つてるかとおつしやいますから、へいと申しました。どうしておあしをやつたかとおたづねになりますから、ふだん懇意にしてますからと申しますと、懇意にしてるからつておあしをやるやつがあるかとどなられましたの、もうあたし震《ふる》ひ上《あが》つちまひました。」
 そこへおもちやもやつて来た。
「姐さん夢中ね。」
「ああ。あの裁判のお話さ。」
「さう。」
「大きくなつたなあ。」私はまたかうくりかへした。「いくつかね。」
「十八になりました。」
「もう四五年もたつたからなあ。」
「この頃はちよつともいらしつて下さらないんですもの。ねえ姐さん。」
「新橋の方がそりや上等ですもの。」
「そんな訳ぢやないんだ。すつかり納まつてしまつたんだよ。さうさう。此間やまと新聞かで品川芸者の評判記が出てゐたが、おもちやさんが一流の流行つ児だと書いてあつ
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