養はなきやなりますまい。」云ひ切つて亨一はやさしく詞を和らげた。
「ねえ、もういいでせう。神經が起きると又いけないから。」
 すず子は男の一語一語を洩らさず聞きとつた。それが中程になつた頃「もうよして下さい」と云はうと思つて詞が出て來ぬのであつた。「もういいでせう」と男が最後に云つたときは譯もなくただ悲しくなつてしまつた。

 世に容《い》れられない思想に獻身する爲に、亨一は憲法が與へたすべての自由を奪はれた。十年奮鬪して何物をも贏《か》ち得なかつた。國家の基礎が動揺して、今にも、革命の慘禍が渦まくかの樣に思つたことは、どうやら杞憂《きいう》にすぎなかつたとも考へて見なければならなかつた。不滿と不平とに胸をわくわくさせて居ながら、何にも云はずに立ち※[#「廻」の「回」の部分が「囘」、第4水準2−12−11]つて行く流俗が却つて幸福であることを今更らしく思つても見なければならなかつた。今の人は讓歩と云ふことの眞意義を知らない。けれども姑息《こそく》の妥協は、政治、經濟の上では勿論、學問の上にも屡々《しば/\》行はれて、それで大きな勃發もなしに流轉して行く。讓るべき途《と》であると云ふ徹底
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