化を待つことであつた。かうして居るうちにも、女は東京へ行くことをもうよしてしまひましたと云ふであらうとも思つた。もしさう云つて身を投げ伏せて來たら、兩手で緊《しつ》かり女を抱いてやらうとも思つた。女はとうとう仕度をしてしまつた。待つた詞《ことば》が女の口からもれさうにもない。かうなる以上は自分から進んで引き止めなければ、女は此儘行つてしまふことは確である。此確な未來が亨一の目の前に來てぴたりと止まつた。亨一はそれを拂ひのける勇氣もなくなつて居た。
「私、一寸|母屋《おもや》へ挨拶に行つて來ますわ。」
と女が立つたとき、
「あつ」と男は呼んだ。
「何か御用。」女は男の方へよらうとした。
「跡でいい。」男は投げるやうに云つて、ごろりと横になつた。
下の普請小屋《ふしんごや》から木を叩くやうな音が二三度つづいて聞えて來て、またやんだ。空はどうやら曇つてるらしい。
やがて女は歸つて來た。跡からお上《かみ》さんもついて來た。
「奥樣がお歸りになつたら、旦那樣はおさびしいでせうになあ。」とお上さんは縁端に腰をかけ乍ら云つた。
「どうぞねえ。お上さんお願ひしますよ。私も病氣の工合さへよければ、
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